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昨日、1階の居間で妻が私のブログ記事を覗いているのを見つけました。聞けば、妻の職場でも話題になっていたからだとのこと。そこで、この場面から後の夫婦の会話を再現してみます。ただし論文の投稿にいたるまでの間に折りに触れて交わした会話の内容についても、適宜組み込み加工しました。
通常はたがいに名前で呼びあっていますが、ここでは妻から私への呼びかけに対し便宜的に「あなた」としています。なお家庭での妻の言葉は半分大阪弁ですが、ここでは標準語に翻訳しています。
出演者
夫:52歳、某私立大学考古学教師
妻:49歳、某市埋蔵文化財担当非常勤職員
妻「久しぶりにブログ見たけど、おもしろーい!」
夫「おもしろくなんかないよ。俺の危機なんだから少しは同情のそぶりぐらい見せてよ」
妻「え?…あなた、このような反応がくること、承知のうえだったんでしょう」
夫「そうはいっても、少しは好意的な反応を期待していたところもあるし」
妻「どうでもいいけど。この斎野さんてかたのコメントへの解説、あなた深読みしすぎよ」
夫「そんなことないって」
妻「そもそもこういうテーマはね! たんに老人が好むテーマだってことでしょう。だからこの人は、あ なたも老化対策が必要だって言っているのよ。先行研究がどうのって問題なんかじゃないの」
夫「そりゃそうか。メタボ対策を兼ねた山歩きだったもんな。よく歩いたよ。3回も龍王山に登って、最後は娘も連れてクルマで一緒に登ったよね。確かに健康志向だし、今回の論文は読者に山歩き健康法を勧める意味もあったりして。そんな評価はなかったけど。それにさー、確かに今回の緯度の問題は世紀の大発見だと確信したわけで、それを証明したいという斬新な発想に歳なんか関係ないだろう」
妻 「そのような発想自体、フツーのプロの研究者はしないわよ」
夫 「エエ?俺はいつだってフツーだろ?いつだって素直に物事をとらえて、虚心坦懐に真理を追究する姿勢をだな…」
妻 (夫の台詞を途中で制止して)「どの口が言うか!」
夫 「なにそれ?」
妻 「長野のお母さんが何度も嘆いていらっしゃったじゃない。あなたは子供の頃から物事をひっくりかえしにしてしか見ないって」
夫 「そうじゃなくて、物事は常に多角的に捉えないとダメだって姿勢を貫こうと…」
妻 「それを屁理屈っていうの。白に見えたものがじつは黒だって、言いくるめたりひっくりかえしたりすることが、あなたは大好きなんだもの。わたしはそうやって泣かされてきたこと覚えてる?今は馴らされちゃったけど。それに話し言葉じゃないときが危ないの」
夫 「…まあ、それはいいよ。今度の論文の題目だって、旭川の瀬川さん流にキャッチーなフレーズで行こうと、一緒に考えてもらったわけだし、そこは感謝しているから。だけど『会誌によく載せたな』は酷いよね」
妻 「S君でしょ。素直なコメントじゃない」
夫 「もう一人のSのコメントなんかもっと酷かったよ」
妻 「だってそっちのS君、あなたの屁理屈でさんざん泣かされてたじゃない、学生の頃。だから当然よ」
夫 「そういう昔の話じゃなくて、ふたりとも今は立派な学者なわけだし、考古学研究会とも深く関わっているわけだし」
妻 「あのね、『考古学研究』の読者はね、みなさん新しくても安全な知識を求めているのよ。でもあなたの論文はそうじゃなくて、読者をとても不安にさせる知識だったのよ。だからS君のような素直な反応になるのは、編集者側の見方としてよくわかるわ」
夫 「なにその安全性って?」
妻 「いままでの知識の上に安心して足し算ができる知識と、そうでない知識の違いのことよ。それまでの知識を全部白紙に戻さないと頭の中に置き場所がない知識だってあるじゃない。それは危険な知識なの!たんにその差よ。それに危険な知識でも平気で受け入れられる人って、ほんの一握りのかたがたよ、きっと。だからそういうかただけがあなたの味方なんでしょ!」
夫 「だからより多くの読者に耳を傾けてもらおうと、学史を踏まえて解説もしているし、その知識のデータベースの上にそっと置きませんかって誘っただけだから、充分に足し算の可能な知識だと思うけどな。それに安全な知識かどうかは査読を通じて保証されたわけだから、今回は安全保証マークもしっかり付いているんだってば!」
妻 「その保証マークが付いてしまったことに対してでしょ!多くの方が驚いているのは」
夫 「素直じゃないよな。そこはもっと素直に受け止めようよ」
妻 「あのね、言わせてもらいますけど。あの論文を査読させられる身になって考えてみてはいかが。きっとあなたより若い世代の、それは素直で真面目な研究者だったと思うわ。GIS考古学とか、近頃流行っている方面の。そういうお堅い研究者なら、絶対にいやでしょうがなかったはずよ。そのような性格の人があの論文に『返却』なんて判定、そう簡単にだせると思ってる?可能性がゼロじゃなかったら。査読させられた身のほうが気の毒よ!」
夫 「査読に年齢なんか関係ないだろう?データを厳密に点検して、論理が破綻しているとか事実誤認が激しいとか、学術論文ではありえないとか、そういった問題点の客観的な判断を任されただけなんだから」
妻 「わかってないわね。あなた学界でも●●●●で通っているのよ。このあいだも久しぶりに会ったかたから『ご主人、なにかとご活躍ですね』とか言われたし。『なにかと』なんて、ふつうの挨拶では絶対に入れないから。そんなあなたからの投稿論文だと知ったら、わたしなら査読、絶対にお断わりよ!」
夫 「おいおい、つれないな」
妻 「だって、足し算を前提とした知識がどうのって判定には慣れていても、いきなり新方程式だの、知識の並べ替えが必要だのって、意表を突く主張への判断を求められても無理だし。それに却下したら、誰かはわからないとしても、あなたは今後絶対に黙っていないから。屁理屈もうるさいし。だからね。そういって査読を断わったかた、いても全然不思議じゃないわ!」
夫 「だけど、じゃあなぜ査読がすんなり数ヶ月で通ったんだろうね。部分修正の要請しか来なかったし」
妻 「却下する理由を一生懸命探したけれど、結局誰も●●●●●なかっただけなんじゃないの?それにね。わたしは強制的に読まされてきたからわかるけど。今回の論文、肝心なあなた自身の根拠、すべて『学史』の側にいれちゃったでしょ。そのズルさが鼻につく人、絶対にいたと思うわ!」
夫 「確かに福永さんとか岸本さんとか大久保君とか、俺と同世代以上の研究者じゃなきゃ、あえて●●●●●なんてできなかっただろうに、公正さを期して外の若手研究者に査読を依頼した可能性もあるね。新納さんも海外出張中だったようだし。でも今の松木さんなら、むしろ面白がるかも…」
妻 「なに言ってるのよ。今のかたたち、外から見れば、みんなあなたの身内じゃない!そんな距離の近い人に査読出したら、編集委員会は●●●だって批判されるにきまっているでしょ」
夫 「なるほど。第三者に出した査読が通ってしまった以上は、常任委員会でもその結果を覆せないし。しかたなく掲載ってことになったのかな。ようするにシステムの穴をすり抜けたってことかもね」
妻 「過ぎたことはどうでもいいのよ。それより毛利さんのお言葉の方を汲むべきでしょう。それに最近の各地へのご出張で出費も多いし。お願いだからもっと稼いでね」
夫 「たしかに」
妻 「それに、あなたの記事に出てくる大学の先生たちは全員、考古学界でも特権階級の学者さんたちなの。行政の方々も役職付きでトップにいる人たちばかりじゃない。強者同士でやりあっているだけなのよ。だから弱者の立場の方の意見って、とても大事だと思うの。そのことを是非とも忘れないでね」
夫 「ごもっとも」
(以下、不定期でつづく…かも)
注:今回の記事は妻の事前チェックを受けています。伏せ字は読者のみなさまに不快感を与えないための配慮です。